竹島はどこにある?隠岐諸島・韓国との距離や位置関係と現状の真相
日本海に浮かぶ孤島「竹島」。ニュースや外交関連の報道で頻繁に耳にする島ですが、「日本地図の具体的にどのあたりにあるのか」「隠岐諸島や韓国本土からどれくらい離れているのか」という地理的実態については、曖昧なままになっている方も少なくありません。
竹島は行政上、島根県隠岐郡隠岐の島町に属する日本の領土です。しかし現在に至るまで韓国による不法占拠が続いており、自由に行き来することができない特異な状況に置かれています。本稿では、隠岐諸島や韓国・鬱陵島(ウルルンド)との正確な距離・位置関係をはじめ、外務省の公式見解や歴史的経緯、2026年現在の実態までを客観的データに基づいて整理・解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:竹島は日本海南西部に位置し、日本の行政区分では「島根県隠岐郡隠岐の島町」に属する、男島・女島と数十の小岩礁からなる島です。
- 要点2:島根県隠岐諸島から北西へ約157km、韓国の鬱陵島から東へ約87kmの位置にあり、1905年の閣議決定を経て正式に島根県へ編入されました。
- 要点3:1952年の「李承晩ライン」宣言以降、韓国による実効支配が続いていますが、日本政府は国際法上も歴史的にも固有の領土として平和的解決を求め続けています。
【地図と位置関係】竹島はどこにある?隠岐諸島・鬱陵島からの正確な距離
竹島(英語名:Liancourt Rocks / 韓国名:独島)の緯度・経度は、北緯37度14分、東経131度52分付近です。日本海の南西部に位置しており、主に険しい断崖に囲まれた「男島(東島)」と「女島(西島)」の2つの主島、そして周囲を取り囲む37の小岩礁で構成されています。総面積は約0.21平方キロメートルで、東京の日比谷公園(約0.16平方キロメートル)より一回り大きい程度の広さです。
地理的な位置関係を理解する上で重要となるのが、周囲の陸地や離島との距離関係です。外務省や国土地理院などの公表データに基づく正確な距離の比較は以下の通りです。
| 基点となる地点 | 竹島までの直線距離 | 地理的特徴・位置関係 | 編集部の見解・分析 |
|---|---|---|---|
| 島根県 隠岐諸島(島後) | 約157km | 隠岐の島町から北西方向。日本側で最も近い拠点 | 古くから隠岐の漁民がアシカ猟やアワビ漁の拠点として往来していた歴史的背景がある |
| 韓国 鬱陵島(ウルルンド) | 約87.4km | 竹島から西方向。韓国側で最も近い有人島 | 距離の近さは韓国側が領有権の正当性を主張する際の主要論点の一つとなっている |
| 日本本土(島根県・鳥取県) | 約211km〜220km | 島根県松江市美保関や鳥取県境港市周辺からの距離 | 本土からは遠隔地だが、山陰沖合漁業の航路・漁場として重要な海域に位置する |
| 韓国本土(慶尚北道 蔚珍) | 約216.8km | 韓国東海岸の本土からの距離 | 本土同士の距離で比較した場合、日本本土と韓国本土からの距離はほぼ同等である |
鬱陵島から竹島までの距離が約87kmであるのに対し、隠岐諸島からは約157kmと、距離だけで見れば鬱陵島の方が近い位置にあります。しかし国際法上、単に「地理的に近いこと」だけが領有権の根拠になるわけではありません。両国が主張する歴史的経緯や法的正当性が争点となっています。

【呼称と認識のギャップ】竹島と「独島」の違い・韓国側の主張と背景
日本国内では「竹島」と呼ばれていますが、韓国では「独島(トクト / Dokdo)」と呼ばれ、国際社会においては中立的な表現としてフランスの捕鯨船に由来する「リアンクール岩礁(Liancourt Rocks)」と表記される事例も見られます。
日本と韓国では、歴史的な地図や古文書に登場する島の認識において大きな隔たりが存在します。
日本の外務省や歴史研究者の分析によると、江戸時代初期(17世紀)には米子の町人である大谷家・村川家が幕府の渡海免許を得て鬱陵島(当時は日本で「竹島」と呼ばれていた)へ渡る際、現在の竹島(当時は「松島」と呼ばれていた)を中継地や漁猟地として利用していました。その後、1905年の閣議決定によって現在の「竹島」という名称に整理されています。
一方、韓国側は512年の新羅による「于山国(うざんこく)」服属を記録した『三国史記』などを根拠に、古代から領有していたと主張しています。しかし、当時の古文書に記された「于山島」の記述(樹木が生い茂り人が居住可能と書かれているなど)は、断崖絶壁で水資源の乏しい現在の竹島の実態と合致せず、鬱陵島の付属島(現在の竹嶼など)または鬱陵島そのものを指していたとする見解が日本側の専門家から強く指摘されています。
【歴史的経緯】なぜ問題が起きたのか?1905年閣議決定から李承晩ラインまで
竹島が現在のような領有権問題に至った背景には、近代の国際条約と戦後の混乱期に起きた一連の出来事があります。主権の根拠と対立の契機となった歴史的事実は以下の通りです。
1. 1905年(明治38年)の閣議決定と島根県編入
1900年代初頭、島根県隠岐島出身の中井養三郎氏がアシカ猟の安定化を図るため、政府に竹島の領土編入と貸下げを願い出ました。日本政府は1905年1月28日の閣議決定により、無主の地であった同島を「竹島」と命名して領有を再確認し、同年2月22日に島根県告示第40号によって隠岐島庁の所管と定めました。これにより、近代国際法に基づく「実効的先占」の手続きが完了したとされています。
2. サンフランシスコ平和条約における領土処理
第二次世界大戦後の1951年9月に調印されたサンフランシスコ平和条約において、日本が放棄すべき地域として「済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮」が明記されました。条約の起草過程で、韓国側はアメリカ政府に対して竹島を日本が放棄する領土に含めるよう要請しましたが、アメリカ側は「ラスク書簡(1951年8月付)」などを通じて『竹島はかつて朝鮮の一部として扱われたことはなく、1905年頃から日本の管轄下にある』として韓国側の要求を明確に拒絶しました。
3. 1952年「李承晩ライン」の一方的な設定
サンフランシスコ平和条約が発効する直前の1952年1月18日、韓国の李承晩大統領は「隣接海洋の主権に関する宣言」を一方的に発令し、公海上にいわゆる「李承晩ライン」を設定しました。このラインの内側に竹島を取り込み、周辺で操業する日本漁船を次々と拿捕しました。
第一大邦丸事件など死傷者が出る事態も発生し、数百隻の日本漁船と数千人の日本人漁民が抑留されるという極めて過酷な歴史的経緯を経て、韓国による警備部隊の常駐と実効支配が固定化されていくことになります。

【現在の実態】韓国による実効支配の現状と「竹島の日」が持つ意義
2026年現在も、竹島には韓国の海洋警察庁の警備部隊が常駐しており、ヘリポート、接岸施設、灯台、レーダー施設などが整備されています。韓国本土や鬱陵島からの観光ツアー船も運航されており、年間を通じて多くの一般観光客が上陸する実態があります。
これに対し、日本政府(外務省)は一貫して「竹島は歴史的にも国際法上も明らかに日本固有の領土であり、韓国による占拠は何ら法的な根拠のない不法占拠である」との公式見解を維持しています。日本側は1954年、1962年、2012年の3度にわたり国際司法裁判所(ICJ)への付託を韓国側に提案しましたが、韓国側はこれらをすべて拒否しています。
地元である島根県では、1905年の編入告示から100周年にあたる2005年に「竹島の日を定める条例」を制定し、毎年2月22日を「竹島の日」と定めました。松江市内で毎年記念式典が開催され、政府関係者や国会議員が参列するなど、領土主権の早期確立に向けた国民世論の啓発が続けられています。
【実態検証】現場目線で見えたリアルと地元・隠岐の島の現在
報道各社の現地取材や関係者の証言によると、竹島を管轄する島根県隠岐の島町では、現在も竹島問題が過去の出来事ではなく、日々の漁業活動や生活に直結する切実な問題として受け止められています。
隠岐諸島の漁業関係者は、豊かな漁場である竹島周辺での操業が制限され続けていることに対し、長年にわたり強い憤りと悔しさを抱えてきました。地元有志による手記や証言集には、「かつて先祖が命がけで渡り、生活の糧を得ていた海へ自由に行けない」という生の声が数多く記録されています。
SNSやネット掲示板上では時折、「なぜ日本政府は武力で取り返さないのか」といった過激な論調や、逆に「小さな無人島なのだから放置してもよいのではないか」という無関心な意見も見られます。しかし、現場の自治体関係者は『法と対話に基づく平和的解決を目指しながら、風化を防ぎ次世代へ歴史的事実を正しく継承していくこと』を極めて重要視しています。

【一般に知られていない盲点】ネットの誤解と知っておくべき客観的事実
ネット上の情報空間には、竹島に関して事実とは異なる言説や誤解が散見されます。正しい理解のために検証しておくべき代表的な盲点は以下の通りです。
誤解1:「昔から韓国の領土だった」という主張の信憑性
韓国側が挙げる500年代の記録や古地図の多くは、位置関係や島の形状が現在の竹島と大きく異なっています。島根県の竹島問題研究会などの専門家調査によると、1900年の大韓帝国勅令第41号で言及される「石島」についても、竹島を指しているという客観的な確証は存在せず、鬱陵島周辺の岩礁を指していた可能性が高いことが学術的に指摘されています。
誤解2:「日本人が自由に観光に行けないのは無人島だから」という誤認
日本人が竹島へ通常ルートで渡航できない理由は、島が孤立しているからではなく、韓国政府が不法に自国の出入国管理下に置いているためです。日本人が韓国の許可を得て竹島へ上陸することは、韓国の主権を間接的に認めることにつながりかねないため、外務省は国民に対して竹島への渡航を自粛するよう要請しています。
【プロの結論】地政学と国際法から見出すべき情報リテラシー
竹島問題を客観的に読み解く上で最も重要なのは、感情論や単一のイデオロギーに惑わされず、「国際法上の要件(実効的先占の有無)」と「一次史料に基づく検証」という冷静な判断軸を持つことです。
他国の主張をただ感情的に批判するのではなく、サンフランシスコ平和条約の起草過程や外交公電などの国際公文書を自ら確認し、何が客観的事実であるかを見極めるリテラシーが求められます。安易なフェイクニュースや切り抜き動画を鵜呑みにせず、公的機関の一次資料に立ち返る姿勢こそが、領土問題を正しく理解するための最善の道筋です。
【竹島 どこ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:竹島へ日本から一般人が観光旅行に行くことはできますか?
A1:日本国内からの直行船や通常ルートは存在しません。韓国の鬱陵島経由で運航されている観光船は存在しますが、日本政府は韓国の管轄権を認めることになるため、日本国民に対して同島への渡航自粛を求めています。
Q2:竹島と尖閣諸島・北方領土の問題は何が違うのですか?
A2:尖閣諸島(沖縄県)は日本が有効に実効支配しており「領有権問題そのものは存在しない」という立場をとっています。一方、竹島(島根県)と北方領土(北海道)は、他国(韓国・ロシア)によって不法占拠されている状態にあり、日本側が返還・主権回復を強く求めている点が異なります。
Q3:なぜ島根県は2月22日を「竹島の日」に定めたのですか?
A3:1905年(明治38年)1月28日の閣議決定を受け、同年2月22日に島根県が「島根県告示第40号」によって竹島を隠岐島庁の所管とする編入告示を行った史実に由来しています。
まとめ:正確な位置関係と歴史的知識を持つ重要性
竹島は、島根県隠岐の島町から約157km、韓国・鬱陵島から約87kmの日本海上に位置する日本の領土です。単なる孤立した岩礁ではなく、豊富な水産資源や海洋権益が絡む極めて重要な要衝でもあります。
1952年の李承晩ライン設定以降、現在も韓国による不法占拠という異常な事態が続いていますが、日本政府は国際法に則った平和的解決を目指して外交的努力を継続しています。「どこにあるのか」という地理的把握を第一歩として、歴史的経緯と現状の正確な知識を持つことが、現代を生きる私たちに求められています。 (出典: 竹島 どこ(Yahoo!ニュース))